セレモニー奏者の目からみた 現代の葬儀事情(グリーフケア音楽と葬儀)と今まで知らなかった葬儀常識も含め色々な葬儀に関する情報などを発信してみたいと思います。
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2016年 夏! 親戚の旅立ち
あまりプライベートなことは公けにしたくないですが
今回の出来事は私にとってはとても突然の出来事でショックもありました がでも
人生という大きなスパンで考えた時に 私のあこがれの人  理想でもある素晴らしいおひとりさま人生を歩まれた
叔母の話しです。
私は叔母のような生き方 最期を迎えたい・・と
叔母の訃報を聞いた時 なにか感動にも似た感情を抱きました

私は現在独身でひとりで生活をしています
独身ひとり身というと寂しい響きがありますが そんなことはなくてとても充実した幸せな毎日を過ごしています
それは、好きな音楽を仕事にし生活ができているということ
たくさんの生徒さんやスタッフ 奏者仲間に囲まれているということ
やりたいこと夢がたくさんあるということ
そして なによりも 健康で毎日元気でいてること

人生とは何か?幸せとはなにか?という大きなテーマには答えはなかなかでないかと思います。
私自身のことでも
将来のことを考えると 不安です。将来のことばかり考えると 胸が苦しくなります。
でも、私の中での答えはひとつ 今,健康な毎日を過ごせて幸せと思えるならそれでいいやと・・

叔母は看護婦でした婦長を長年されてからの隠居生活でしたが
生涯独身 お一人でいらっしゃるが故 しっかりされていてご兄弟のこと おうちのことなど
戦争でお父様を亡くされていることもあり大変な人生だったかと思いますが 本当にしっかりされていました。

仕事をリタイアされてからもいつも前向きで ひとりだから歩けなくなったら困ると 両足の膝の手術をし
長年住まれてた家を処分し(ほとんど家財道具処分)昨年 介護付き老人ホームに
入る決断をひとりでされ入居されたばかりでした。
いつも母にお中元お歳暮もきっちり忘れることなく届けてくださり
今年の夏もちゃんとお中元が届き7月に私が母の代わりにお中元を送った矢先 
お元気だったのに 突然旅立たれました 私は訃報をにわか信じることができませんでした
だってさっきまでお元気だったじゃないですか~という感じです
でも、よくよく考えるとアッパレな最期で私は素晴らしいなあとさえ思ってしまいました。
寝込むこともなく旅立たれた・・不謹慎かもしれませんが看取ってもらう人がいない独身にはこの最期はあこがれです
ご自分が亡くなられたあとのこともちゃんとすべて準備しておられました
今の70代以上の方ではまだなかなかいないと思います。
これからは高超高齢化社会・・自分の人生の最期の準備をしていて当たり前の時代が来ると思います
私の目標は叔母のようにすべて自分のことを片づけて人生の最期を迎えられたら最高です

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悲しい別れ
先日の仕事での故人様・・30代女性の方でとても綺麗な女性だったのですが
自殺でした
2歳の男の子をのこして逝ってしまいました

久しぶりにとても考えさせられた出来事で
やはり人生・・生きていくのは大変なことなんだと痛感させられました。

自殺をしなければならないほどに自分の気持ちを追い込んでしまう
本人にしかわからない感情なんでしょうがそれを選ぶまでになんとかならなかったのか・・
無邪気なを見ているととても不憫で、物ごころがついた時に
どれほどショックを受け傷つくことになるかとおもうと胸がしめつけられました

人生生きていくことが試練そのものなんでしょう。。

先週の広島の土砂災害で亡くなった方たちもまさか自分がそんな形で亡くなるなんて
よもや思わずに亡くなっているのではないでしょうか

ホントに人生何が起こるかわかりませんね
明日何があっても悔いがのこらないように
毎日を大切に生きていきたいものです。

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甥っ子の死 4
久しぶりの更新です。

甥っ子の死は、私の人生を少し前に進めてくれたキッカケになったように思います。
ちょうどそのころ、私は元旦那と別居をしていて離婚をする寸前でした。
これから一人でどうやって生きていこうか
と悩んでいた時期の出来事だったのです

甥っ子の葬儀・・これも今の私の原点だったように思います。
いろんなことで
亡き父と弟はぶつかっていました

葬儀はどんな規模で行うのか?
宗教はどうするのか?
費用はどうするのか?
考えなくてはいけないことが山のようにあったように思います。

当然のことながら弟夫婦は、亡くなった子供を仏様になった?とは思えなかったようで
天使になったと思うしかない・・

今の私だったら知識も豊富になったので色々アドバイスもできたと思いますが
その当時は何の知識もなくアドバイスもできずただ見守るしかありませんでした

弟たちは、密葬(家族だけでおくりたい)希望でしたしかし
結局父の意向だったように記憶していますが、一般葬儀(親族・遺族・会葬者あり)を行いました。
それも先祖代々の宗派を受け継ぎ・・

今なら無宗教・家族葬というのがあります。
本当に近い身内だけでゆっくりと最期の時間を過ごす・・
これも今の時代なら良い選択肢でもあると思います
でも、その時には想いも及びませんでした
宗教については色々な考え方があるので
ここでは語りませんが、
たった1年しかこの世にいなかった甥っ子が仏?さん?私も知識がない中すごく違和感を感じました。
戒名にお布施??ピンときませんでした。

唯一やはり私が協力できたのは
前日のお通夜~本番の葬儀会館で流す音楽BGMのことでした
その時もやはり、何の思い入れもない無機質な音楽が流れていたので
これだけは何とかしなくてはと思い、ちょうどこれはすごくいい感じもCDだとおもって
いた童謡のBGMでした。
亡くなった甥っ子の年齢を思うと選曲はこれしかありませんでした
その当時はまだ、まだ何も私の中に知識もないので
とにかくCDをリピートさせ音楽を切らない、止めないで良いバランス音量で
流し続けることでした。
でも、この選択は間違っていませんでした

音楽の選曲だけでこんなに空気が変わるのか
その時に感じた葬儀での音楽の大切さ~それが父の葬儀へとつながっていきました

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甥っ子の死 3
彼の症状が悪化し、ICUに入ってから
1週間で彼は天国へ旅立ちました

その1週間の間、病院側は全力をつくし
1歳の子供にそこまではしないという処置、治療まで
行っていました

ただ私が忘れられないのは
彼の命が助からない・・とわかってからの
病院の対応に疑問を投げかけずにはいられませんでした。。

それは俗に言う延命治療です。
助からないとわかっていてなぜ延命するのか??
それは、法律で定められていていったん延命治療を始めた治療に関しては
延命をし続ける・・続けなくていはいけないからです

弟夫婦は、子供がもう助からないのなら
早く治療を終え彼を自宅に連れて帰りたい。もう治療で苦しませたくない。
そう思うのは当たり前のことだと思います。
側で見ていて彼らの気持ちを思うととてもツライ気持ちになりました
その時の時間の経過の残酷さは今でも忘れられません。
私たち家族は、彼が死ぬのを待ち続けたのです
なのに病院側は、延命し続けました
ここの部分は、現在においても色々問題になっていますが
家族が延命は必要ないと言えば延命は止めるべきだと思います。

現在人は病院で亡くなる方が90パーセント以上
亡くなると、ご遺体を自宅へ連れ帰るには
乗用車では搬送できません。
ご遺体搬送用の特別に許可された車でないと
ご遺体は搬送できません。

甥っ子が息を引き取り、弟夫婦は一刻も早く家に連れて帰りたい。
抱きかかかえて連れて帰ること・・病院は暗黙の了解で許可しました

たった1年で人生を終えた甥っ子は、ここで命が終わることが運命だったのか?
私には、人生の無常さを感じずにはいられませんでした。
もしかしたらほんの少しの救いは
彼が物心を持たずに亡くなったこと・・ぐらいです。

ただ弟夫婦の気持ちを考えると言葉もありませんでした
その時にはこの非常な悲しみをどう乗り越えていくのか。
私にはその時には全くわかりませんでした
もし、私が義理の妹の立場だったら・・立ち直れただろうか・・
どう考えても無理としか思えませんでした


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甥っ子の死 2
甥が緊急入院したことは、母から知らされました

当然のごとく、症状は気になり
早く元気になるであろうことを疑いもせず、ただ早く元気になることを祈るだけでした

あとで聞いた話しになりますが
その日、朝から甥は具合が悪く母親は日中近くの病院に連れていくも
「風邪ひきでしょう」とのこと家に連れて帰り
養生をさせていたところ症状が悪化・・彼に異変が現れ
救急車を呼ぶことになりました。

救急病院に運ばれたのは夜のこと
専門の医者はいなくて救急対応の医者が
診察をされ 腸重積 という診断でした。
応急処置で超音波監視下高圧注射という処置が行われ
一応おさまり
その晩は、そのまま入院、母親も一緒に病院に
泊まることになりました
そこからが、悲劇の始まりだったのかも知れません。
いったん落ち着いた彼の症状が
悪くなり
母親は、驚きすぐに看護婦さんを呼んだのですが
その時の対応が悪く
朝まで大丈夫であろうと勝手な判断が
彼の短い人生を終えなくては
いけないことになってしまいました

この腸重積という病気は、症状がきつい場合
症状が現れてから24時間以内の開腹手術等が必要な
とても緊急を要する病気だそうです

初期判断と対応のミス
これが彼が命を落とすことになった原因ではないでしょうか?


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